ピアニスト 竹 内 英 仁
音楽の深みへ
このページは、留学の時から今に至る日々に、感じたことや考えたことなどのほか、皆様からのお尋ねに答えるなど、気軽に使えるものにしたいと思います。
スケジュールの都合で、ご返事が遅れるようなことがあるかもしれませんが、可能な限り早く反応したいと思っています。
ピアノリサイタルへのお誘い
今年も、秋のリサイタルが近づいて参りました。今回の公演は、クラシック音楽を鑑賞するのに最適な音響を持つホールのひとつである「トッパンホール」にて行います。
ゆったりとした座席と、美しい木目の空間は、皆様に安らぎのひと時をもたらしてくれるものと思っております。どうぞお誘い合わせの上お出かけ下さいますよう、ご案内申し上げます。
皆様には、いつも私のことを気にかけていただき、また温かい眼差しを向けて下さいますこと、心から有難く存じております。
今日からしばらくは、チケットのお申し込みがある度に、お1人お1人のお名前を拝見しながら、皆様のご健康とお幸せをお祈りする日々になります。
私にとりまして、皆様からのご連絡に接するのは、嬉しさと有難さが身に沁みるときであり、またリサイタルへの意欲が益々高まるときでもあります。皆様からのご連絡を心よりお待ち申しております。
因みに、トッパンホールの総座席数は400席(全席自由席)でございます。公演日間近になりますと、チケットの完売が予想され、折角のお申し込みにお応えできない場合がございますので、誠に恐れ入りますが、チケットのお申し込みは、お早めにいただけますよう重ねてお願い申し上げる次第です。
尚、今回のリサイタルでは、ロビーホワイエにてカンボジアの伝統絹織物であるクメール絣についての紹介、展示及び販売を行う予定でおります。また昨年に引き続きカンボジアの子供達への教育支援の募金も呼びかけさせていただきたいと思っております。お願いばかりで恐縮ですが、こちらの方もご理解ご賛同いただけましたら幸いで嬉しいかぎりでございます。
最後になりましたが、昨年の下北沢「北沢タウンホール」でのリサイタルの際には、大勢の皆様にご来場賜り、誠に有難う御座いました。またその折には、カンボジアの子供達へ教育の機会をプレゼントできたらという思いに多額の寄付金を頂戴し、全額「カンボジアに学校をつくろうプロジェクト」を主宰したNPO法人「ふるさと緑の基金」に直接届けることができました。 遅ればせながらここにご報告致しまして、改めて御礼申し上げます。
竹 内 英 仁
トッパンホールでのリサイタルが催される過程で、主催者とそれをバックアップする仲間たちの活動がありました。
40数年前の高校同期卒業の変わらぬつながりの強さが溢れる案内状でした。
ご助力のお願い
既にご案内の通り、11月15日(木)にトッパンホールに於いて、東京35会が中心的役割を担い、竹内英仁ピアノリサイタルを催すことになっております。
この催しは、昨年度の飯田35会の活動を継承してのものです。
そもそもこの催しが始まるきっかけとなったのは、わが同期の伊澤宏爾君が打ち続く内戦により文化はおろか教育の場さえ破壊されつくし、生きるための食料の確保さえままならない状況に陥ってしまったカンボジアの子供達のために学校を建てようとの志を抱き、長く地道な活動を続けている姿を見ていた同期生が集まって、何か支援の方法はないものかとの思いが話題となったことからでした。
我々の育った戦後間もない時期の日本、なかんづく信州は、何はなくとも教育だけは熱心でした。今の繁栄の基になったのは、ひとえに苦しい中でも教育に力を注いでくれた先人のご努力だったのではないでしょうか。
昨年の催しが大成功裡に終わっての打ち上げ会場の片隅で、「これでカンボジアに学校が建てられる目途がついた。子供達一人一人のの喜ぶ顔が目に浮かぶ。」と言って涙ぐんでいた伊澤君の姿が忘れられません。
学校というものは、建てばそれで終りというものでなく、引き続き教科書はどうする、教材はどうする、先生はどうする、という続きの問題が次々にあって、今しばらくは援助が必要となります。
そこで、東京35会と致しましては一人3枚づつ合計で100枚をチケット売り上げ目標に致したく存じておりますので、他ではちょっと聴けない素晴らしい澄んだ音のピアノの世界を、お知り合いご友人にお勧め頂きまして、できればお買い上げ下さいます様お願い申し上げる次第です。
東京35会幹事一同
「飯田文化会館 チャリティー・ピアノリサイタルに寄せて」
● 大作曲家の音楽は、聴く人全ての心を一つにしてくれます。そして、共感、感動を生むものです。ただ静かに音楽に耳を傾けているだけで、誰しもが自然に何かを受け取り、人生を豊かにすることが出来ます。そういう瞬間を皆様に差し上げられるよう努める事が、ピアニストとしての使命であると思っております。偉大な作曲家の曲には、時を越え、時代を超えて語りかけてくる全人類への永遠の愛のメッセージがあるのだと感じずにはいられません。
● このリサイタルの演奏依頼を頂いた時、何よりも私の心を強く揺さぶったのは、コンサートの収益金をカンボジアの伝統文化と子供達の教育の為に役立てたいという趣旨でした。お客様にピアノの演奏を楽しんで頂く事が、すなわちカンボジアの文化に救いの手を差し伸べることになる。またカンボジアに学校を建てることで子供達に教育の場と機会を与えることになる。
前述の大作曲家の愛情溢れる精神が、現代の私達に語りかけ、カンボジアに善意を贈ることに結びつく。音楽は人と人をつなぐものだということ・・・善意は巡るということ・・・なんと素晴らしい企画だろうと感じ入った次第です。また私事ですが、飯田は父の出身地であり、子供の頃からの思い出に満ちた土地です。そういう思い入れのある場所で、演奏をご披露できます事は、ボランティアに協力させて頂けることと併せて二重、三重の喜びです。
● カンボジアには、クメール絣という伝統絹織物があるそうで、その美しく繊細な手織物を復興、存続させようと現地でご尽力されている日本の方がいらっしゃることと、またその活動に協力しておられる方が飯田に大勢いらっしゃることを聞きました。日本に限らず、カンボジアに限らず、世界各地の伝統文化は、物心共に豊かな人々が暮らした時代背景から生まれています。より潤いのある生活を求めながら心を込めて育んだものには、えもいわれぬ優しさがそこはかとなく感じられ、私達に幸福感をもたらしてくれます。これはクラシック音楽の世界にも通じることで、こうした文化は、人類のかけがえのない財産と言えるのではないでしょうか。
● 最後になりましたが、この文章をお読みくださった皆様に感謝申し上げると共に、1人でも多くの方がコンサートへお越し下さる様、願っております。コンサートのプログラムには、どなた様も聴いたことのあるモーツァルトとショパンの名曲が多く含まれていますので、子供から大人まで理屈抜きに楽しんで頂けることと存じます。皆様と共に感動を分かち合い、その感動がカンボジアで実を結ぶことを祈っております。皆様と私にとって一生思い出に残るコンサートになることを期待して・・・。ありがとうございます。
● 尚、南信州緑の基金では、既にカンボジアに学校を建てられたそうで、当地の方々から「飯田学校」と呼ばれているそうです。クメール絣にご興味を持たれた方には、クメール伝統織物研究所のホームページ、 http://iktt.esprit-libre.org/ をご覧戴きたく存じます。
小中学生のためのレクチャーコンサートについて
●音楽の素晴らしさを実感してもらいたい。若いうちから偉大な芸術に触れ、感性を豊かに育ててもらいたい。そういう思いから、ホールでのコンサート活動とは別に、小中学校へ出向き生徒の皆さんに体育館などでピアノとお話しを楽しんでもらうレクチャーコンサートを行うようになって数年が経ちました。生徒や教員、父兄の皆様にとって、そして私にとって大変意義のある企画です。なぜこうした催し物を始めることになったのか、そして私がこれに情熱を傾けている理由や心構え、やり方等を述べさせていただきます。
●私がまだ中学生の時、通っていた中学校の体育館で狂言の鑑賞会がありました。プロの役者の方が数名お見えになって、本公演そのままの衣装で鮮やかな芸をご披露下さり、また狂言の所作事、台詞回しや立ち振る舞いについて説明して下さったことは、今も鮮明に脳裏に焼きついています。テレビなどでちょっと垣間見るのとは大違いで、本物を目にする、耳にするということの大事さを子供ながら実感したものでした。クラスメートたちも私と同じ感想を持っていました。この体験から、自分もいつか大人になったとき、子供たちの為に何かできるようになれたらと思い描くようになりました。
●このような経緯もあってレクチャーコンサートを始めてみると、今更ながらあの時の狂言役者の方から学ぶことが沢山あったことに気がつきます。演奏に際しては、私も衣装は一番の正装にあたる黒の燕尾服を着るべきだと思い当たりそうすると共に、曲についての簡潔で分かりやすい説明はもちろんのこと、どうしたらより音楽を好きになってもらえるか皆さんの反応を見ながらいつも自問しています。より親しみを持ってもらう為には、自由に語りあう時間も大切だと判り、皆さんとの質疑応答の時間を設けることにもなりました。そしてコンサート終了時には、会場出口で生徒の皆さんを一人一人お見送りして言葉を交わすなどしてお別れすることにしています。
●
2006年11月に催される北沢タウンホールでのリサイタルに関連して、質問がありました。
*
7歳の時の作曲が、なぜ遺作と言う名前なのですか?
ショパンは子供時代に作った曲や習作と思われるようなもの、自身で出版する気のなかった作品などを、遺言で破棄してくれるように頼んでいます。
ワルシャワ音楽院時代からの友人でショパンの直筆譜の清書を行ったりもしていた
フォンタナという人が、それではもったいないと、ショパンの死後にそうした作品群を出版しました。
作品番号がつけられたものもありますが、つけられなかったものは
何歳の時に創られたものでも遺作という扱いになるわけです。
* ショパンのところで「OP.」は何で、どういう意味ですか?
オーパスまたはオープスと読みます。
Op.は「作品」という意味として捉えてもらえればと思います。
ショパンやベートーヴェンなどは、出版された順番を示すOp.という表記がされています。
必ずしも作曲された順番通りではないのですが、Op.の後に来る数字で通し番号がつけられたわけです。
ちなみにモーツァルトはどういう順番もこういう順番もなく作品に本人の手で番号がつけられることがありませんでした。
写本はあるけれど直筆譜はないとか、そういう経緯から紛失してしまった曲も多くあります。
作品の年代特定がなされないまま時が過ぎていましたが、
ケッヘルという人が作品を年代順に並べようとして番号をつけました。
このケッヘルのKとドイツ語のVerzeichnis(目録)のVをとって
KV何番と整理されたのがケッヘル番号と言われるものです。
リサイタルへのお誘い
暑さもわずかに遠のいて、凌ぎやすくなってまいりました。 皆様方におかれましては、益々ご健勝にてお過ごしのことと、お慶び申し上げます。 また、リサイタルの折にはお忙しい中をいつも変わらずお運び頂き、感謝の念に耐えません。 さて、今年も秋のリサイタルが近づいてまいりましたので、ご案内させていただきます。
10月の中旬に一時帰国致しまして、日本では全部で18回演奏する予定になっておりますが、東京の地で皆様に自由にご披露することができますのは、「北沢タウンホール」での一回のみでございます。
下北沢は、親子4代が生まれ育った懐かしい故郷の地でございます。ずっと以前からこの地でリサイタルを催すことができたらとの夢を抱き続けておりましたところ、地元の方々と
その後には、父の故郷である長野県の飯田で、
Q:コンサートでベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を聴きました。
解釈について疑問がありますので教えてください。
Q: 今日は竹内さんにお教えいただきたいことがあり、メールさせていただきます。
昨日コンサートで、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を聴きました。この曲の第1楽章冒頭をアルペジオ(分散和音)で演奏するように指示している楽譜を今まで見たことがないのですが、演奏したピアニストは、ここをアルペジオで弾き始めたのです。
みんな唖然としていました。オーケストラのメンバーもあっけに取られたみたいでして、後で指揮者とピアニストとの間で激論があったそうです。
ピアニスト曰く、「たぶん、ベートーヴェンはこう弾いただろう。」・・・
どう思われます?後学のため、何かご存知のことがあれば是非お教え下さい。よろしくお願い致します。
A:とても興味深いご質問、ありがとうございます。はりきって答えさせていただきますね。
演奏されたのは、よく個性派いわれるピアニスト○○さんとのこと。
僕もこの方の演奏を10年近く前に、渋谷のオーチャードホールで 聴いたことがあります。
ソロ(独奏)の演奏会でしたが、人が言うほど個性的とも思わずに、どちらかと言えば、わりとオーソドックスに弾いているように感じました。
さて、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番第1楽章冒頭ですが、1番最初の和音だけは、アルペジョにしてもいいのではないかなと思います。
ただし、あまり“ため”のあるゆっくりのアルペジョはどうかと思いますが。
ほんのかすかに和音をばらすくらいのアルペジョなら許容範囲というか「ふーん」というか、あるいは人間的に中身の充実した演奏家がやったら、感動的な出だしになるかも知れませんね。
例えばベートーヴェンが一時師事していたハイドンのピアノソナタなどには、アルペジョで弾くのが通説という和音があります。
これは、チェンバロ(ハープシコード)やクラヴィコードといった、ピアノより前の楽器から来ている奏法です。
実際今は、ピアノソナタという名称で親しまれているハイドンの作品も、作曲者ご本人は「チェンバロまたはピアノのためのソナタ」と楽譜に書かれています。
より豊かで幅広いそして強弱がもっとはっきり表現できるピアノという楽器への移行時期だったのですね。
ピアノという楽器の進化やその時代背景、作曲技法のあれこれはさておき、アルペジョで演奏したいという旨は、指揮者とオーケストラのメンバーとの間で打ち合せしてから本番に臨むべきだったでしょう。
コンチェルトは協奏曲で、共同(協同)しての部分が多いのですから、ソリストがいきなり違う何かで始めたら、共演者は「寝耳に水」、びっくりしますよ。
「え?」という動揺が舞台のみならず客席にも広がったのであったとしたら、演奏会(しかも有料)では、許されないことです。お客様はそういうのが見たくていらしていませんもの。
弾き振り(ピアノ演奏者が指揮者を兼ねる)でやるんだったら良かったのかも知れませんね。
そういう解釈なんだということが、聴衆にもすんなり受け入れられたでしょうから。
常々思っていることなのですが、演奏家というのは、ただ「良く弾ける」とか「面白い個性がある」というだけではやっていけませんし、それでは長続きしません。
「また聴きたい」とお客様に思ってもらってこそ次があるのです。ごく普段の人間関係と同じで、「 また会いたい」と思う人「もう会いたくない」と思う人・・・。誰にでもいますよね。やはり、「また会いたい」と思う人は感じがいいし人間もやさしいし、一緒にいて楽しくなったり、勉強になったりするものです。
たまには上手く叱ってくれたりもします。究極のところ「この人に会えて生まれてきて良かった。」と思えるかどうかじゃないでしょうか?「また聴きたい」というのもそれと同じことです。そういう人柄と演奏を心がけたいものですね。
話が少々それましたが、僕の思うことが、旧ユーゴスラビア出身のピアニストにも通じるのかどうかは疑問です。
昔々から争い事の火種を作っては傷つけあってきた人達ですから・・・。もちろん「国籍や人種ではない、その人がどうかだ。」ですけれども。
指揮者とオーケストラに2つばかり申し上げたいことは、「今後は絶対にこんなことで動揺しないで下さい。」
そしてなんといったって本番中「お金いただいて演奏しているというプロ意識と誇りを大切に。」ということです。
こういうことだと、つき合わされるお客さんが迷惑するのです。
人に迷惑をかけているような人間の行く末にろくなことはありません。
長くなりましたので最後にさせていただきますが、 解釈だ個性だとピアニストが思っていても、本番がこんなことになっているのだったら、それはただのエゴイズムなのではないかと思ってしまいましたよ。
世の中というところは、常に子供っぽい連中に迷惑をかけられることがしばしばです。そういう不愉快さを消波してしまえるのが、"真の"芸術なのでしょう。
Q:ピアノ・ピアニッシモが、なぜ大ホールの最後列でもきくことができるのでしょう。
この質問について、いろいろ意見が出た中に、周波数や残響効果など物理的な考察をして下さったかたがあって、とても参考になりました。
少し長い論文になりますので、このページではそれを割愛させていただきますが、音楽的見地からの私のご返事をさせて頂きました。
大変素晴らしい考察であると存じまして参考になりました。
これ以外にも、音質のことや音同士の比率でやっていることがあるのですが、こういうことは単に強弱などで理解できるものでもなく、また説明するにも感覚的すぎて言葉ではいいようがないこともあります。
心にしみる音というのは、いうなれば心で表現するがわにあると言っていい訳で、物理的にみたらそうなっているということは言えても計算して作り出せるものでは無いように思われます。
音を周波数や波動として物理的に捉えることは可能でしょうが、心の波動を差し置いては、訴えかけのある音になるとは思えません。
音に気持ちを乗せるのが音楽です。どのような気持ち・精神性・情感・情景・ニュアンス・真理・・・etc.etc.
がのるかは、演奏者の人間としての経験や質に関わってきます。
素晴らしい演奏は、素晴らしい人間性をもつ演奏家からのみ生まれます。
そのえもいわれぬ波動が会場に広がったとき、多くの聴衆の心の奥底から真実の部分が浮かびあがってきて一つの共感のもとに別の時空間、次元が生まれるのです。
そういった雰囲気を表すべく、作曲家は例えばピアノ、ピアニッシモと表記したり、もっと別の樂語を書き入れているのです。
それは、ただ単に書いてあるとおりに弾けばいいというだけのものではないのだと思います.
「こうすればこうなる」というようなやり方では、本当にいいものは生まれません。
ただひたむきに感謝の念をささげながら向き合うことがあって、理屈や説明を超えた世界へいざなってくれるのです。
そういうことを感じてくれたお客様がおっしゃる感想というのは、「こんなの聴いたことがない。」「ただただ素晴らしかった。」「この演奏を聴けて生まれてきてよかった。」といったものです。言葉にならなくって、ただただ肯いていることさえあります。
結局のところ表現ということには敏感でありたいのですが、ピアニッシモをこうしてああして・・・と、こだわったりしがみついているのでもなく、曲全体のバランスからみたらこういう感じでしょうか?といったものなのです。
ここをこうして聴かせようなどという恣意的な思いでは、本質的な部分からどんどん外れていってしまいます。
音楽は宇宙の、そして神様としかいいようのないところからの贈り物です。
人間が、その無知な頭でゆがめてしまってはいけない犯しがたいようなところがあるのだと心得ます。
ですから、分析しようと挑んだとき、拒絶と矛盾を生むものなのでしょう。
絵画にたとえて言うならば、ボッティチェッリ大先生の絵のどこに自分をアピールしたいといった自我があるのでしょう?
ひたすら線と構図と色彩の妙に調和の世界が無限大に広がっています。
近づくための一助としてならまだしも、分析というのはすればするほど辛くなりつまらなくなっていくことが、芸術の分野にはあるように思います。
そこから自由が消えうせ、押し付けがましさが主張を始めてしまってはならないのです。
大先生の絵のすごさはこういうことを超越していることにあります。
素直で謙虚が大切。殆どのことはどうでもいいのです。そうすることで、啓示ともいうべきものが流れ込み流れ出るのでしょう。
そうでなかったら、真の表現に結びついていかないのではと思うのです。